なんでコンテンツにカネを払うのさ? デジタル時代のぼくらの著作権入門を読みました。

こんにちは、JAGA(ja_gaimopotato)です。

なんでコンテンツにカネを払うのさ? デジタル時代のぼくらの著作権入門を読みました。
少し前の本ですがKindleで最近購入したので。

いわゆる自炊を切り口に著作権についての対談形式の内容から始まります。
オタキング岡田 斗司夫氏と著作権を専門とする弁護士の福井 健策氏のお二人の対談をまとめた本という位置づけです。

最終的には新しい経済活動へと話が発展するのですが、めまぐるしく変わるものの捉え方にどこまで読者がついていけるのか。と思うぐらいにダイナミックな話の展開が楽しめる本です。

コピー

ぼくもよくやる自炊。
ぼくは、持ち歩くときにたくさんの本を持つことができることと本を整理することの2点から自炊しスキャンしたあとはすぐ捨てます。

スキャナと読むためのiPadが揃ったことで、ぼくの中でのコピーする手間とのバランスが代わりスキャンする方が良いと判断するようになりました。
本書でもこの自炊を切り口として、著作権に対して、どこまでが許されるのかという私的利用について様々な角度から検証しています。

私的複製そのものは現行の著作権法ができた時から規定があって、ずっと適法です。自分自身や家族が使うため、それから家族に準ずるような親しい少人数のグループで使うためにコピーするのであれば、これは許されています。

ちなみに、自炊のスキャン業者に対しての言及もあるのですが、この対談の時点では違法との判決は出ていなかったので、その辺りにまでは話は及んでいません。

デジタルコンテンツに関して「そもそも私的複製を許さない仕組み」はすでに存在しているんですよ。ただ私は、この仕組むを強化しすぎるのは問題だと考えます。

例えば、養子を1万人迎え入れたらどうなるのかという突拍子もない話からDRMという企業が独自に作る著作権を超えたコントロールについての見解まであっという間に話が進みます。

非競合性

あるものを使うとそのものが減少して、他の人が使えなくなることを競合性といいます。(かなり簡単にいっています。)

アイデアや情報、著作権で保護されているものはその逆で誰が使っても、何人が使っても減ることはありません。これを非競合性といいます。

競合性は自然がその性質を保証しコントロールしているのに対し、著作権は人工的に非競合性のものをコントロールしているものだ言えます。

著作権とは「情報コントロール権」と表現することもできるでしょう。

減りもしないし管理することもできない情報なんてものは、必然的に自由流通にならざるを得なかったものともいえます。その点からすると著作権というのは、本質的に無茶な仕組みなんですよ。

非競合性の情報に制限を加えている仕組みには無理があるという話から、クリエイタは現在のようにそれを専門に仕事にするのではなく、別の仕事で生活を保ちながら創作活動するというスタイルになっていくのではないかという話へと繋がっていきます。

さいごに

こういう考え方があるのだと考えさせられる1冊だと思います。

著作権とは何なのかということについて、たくさんの人が考える必要があるのでしょう。
そしてどういった答えを出すのかということにも興味があります。

クリエイティブ・コモンズを設立したローレンス・レッシグの著書を読んだことがありますが、この著作権の問題についてさらに深く考えさせられる内容でしたので興味がある方は是非。

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