オリンピックと商業主義を読みました。

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こんにちは、JAGA(ja_gaimopotato)です。
東京オリンピックが決まって、今後の7年間の動きは非常に楽しみです。
ですが、オリンピックについての知識があまりに乏しい自分がいました。
知っていることと言えば4年に一回あることと、夏季と冬季の2種類があることです。
そんなオリンピックについて、商業的な面の知識を少しでも得たく手始めにいくつか本を読んだのですが、近代オリンピックのお金に関する話をまとめた本「オリンピックと商業主義」が面白かったです。

国際オリンピック委員会(IOC)は貴族の特権クラブのような形で生まれた

ピエール・ド・クーベルタン男爵が中心となり始まった近代オリンピックは、1896年のアテネ大会が第1回大会です。
そのときはほとんどが寄付金で、運営されました。
この寄付は、いわゆるお金持ち(富豪や貴族)からが中心でした。
そういった側面から、IOCは貴族の出身者たちの特権的な組織として始まりました。

オリンピックの開催資金の構造の変化

近代オリンピックが始まったころは、飛行機の国際線などもまともに整備されておらず実に小規模な大会でした。
初期のオリンピックでは、寄付金以外にも観客のチケット代が大きな収入となっていきました。
大会の規模が大きくなるにつれて収益構造が変化していきます。
テレビ局から得る放映権の使用料、公式スポンサー料などの割合も増していきました。

オリンピックの商業的価値が、回を重ねるごとに強化されていったわけです。
面白いし、魅力的な大会ですしね。

しかしながら、当初は黒字が続いていたものの赤字を前提の運営へと変化していきます。
理由としては、大会が大きくなるにつれて会場の建設が必要であったり、設備投資に莫大な費用が必要になっていったことが挙げられます。
そのような費用は、税金が補填するような仕組みとなっていました。
そして時代が進むにつれ、赤字を補填するように税金を使えなくなる事例が出てきたこともあり、継続し安定して運営するためにも商業主義を進める形となりました。

開催のためには、儲けないといけなくなったのです。

商業主義へとシフトするIOC

商業主義へとひた走るようになった弊害として、テレビ放送に合わせた競技時間帯の変更や、ルールの改正などがあります。
本書では、例えば、北京オリンピックでは陸上競技の午前中に決勝、午後に予選というパターンに変更になったことをあげています。

オリンピックの開催目的は、アスリートのためであると誰もが考えています。
でも今では企業のためのオリンピックという側面が段々と強調されているのが事実のようです。
このバランスについては、注意深く見ていく必要があるでしょう。

ぼくは、東京オリンピックでは、この二つの視点がどのような変化を遂げていくのか興味があります。
願わくば北京オリンピックの様な制約はできるかぎり排除して、アスリートのパフォーマンスを最大化することへシフトし、そのアスリートへ配慮した記録のたくさん出るオリンピックを目指して欲しいと思います。

オリンピックの構造については、他にも面白そうな本がありそうなので探してみます。

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